健康格差・所得格差と新型コロナウイルス

 

日本では政府もマスメディアも、新型コレラウイルスで亡くなった人に関しては、性別・年齢・都道府県に限って報道される傾向がある。また今のところ、どこかの研究機関で分析が行われているとも聞かない。社会事象を社会階層の違いに着目して見ることが少ないのは日本の特徴なのだろう。対照的なのが英国である。最近の英国の新聞を読むと、コロナ禍に関して、社会階級、社会階層ごとの死亡者率に関する詳細な記事がいくつも載っている。ということは、すでに死亡者の内訳が出ているのだ。日常会話に“階級class”が出てくるような国情だから、不平等問題は歴然としてある。その存在は、実態においても人々の意識においても日本とは比べものにならない。

 

 そのような国で新型コロナウイルスの襲撃がどのような結果をもたらしたかを知ることは重要だ。コロナ禍は社会の構造を変えるだろうといわれているが、逆に新型コロナ禍前の社会の構造をくっきりと反映していることもまた事実である。英国は米国と並んで死亡者が多く、527日現在で37千人が亡くなっている。人口は67百万人と日本の人口の半分なのに、なぜそれほど死亡率が高かったのだろうか。今のところ厳密な分析ができる段階ではないだろうが、ひとつだけはっきりしていることがある。それは不平等性が高い国では新型コロナによる死亡率が高いということだ。先進国のなかでもイギリスのような国はそれにあたる。

 

 

 報道によれば英国の貧しい人々が住む地域の死亡率は裕福な人々が住む地域の2倍だった。健康と富の相関関係が如実に出ている。貧しい人々の多くは移民層だという。過去10年間、英国政府は所得による健康格差を拡大してきた。裕福な人は健康状態が良く長寿である一方、貧しい人は健康状態が悪く短命という傾向があるが、その差が開いてきたのだ。政権は、貧困に関する多くの研究成果を無視するようになり、低所得層への経済給付や社会サービスをカットしてきた。

 

 所得と健康には明らかな関係がある。たとえば、貧困層が大半を占めるロンドンのケンジントン・チェルシー区のグレンフェル地区の平均寿命は、富裕層が住むハローズ地区の平均寿命より22年も短い。その差の大きさには驚く。

 

 新型コロナウイルスは貧困層が居住する地区を襲い、多数の死者を出したのである。もともとイングランドでは2010年以降、健康格差が拡大していた。不十分な収入が、子どもの貧困、危険な仕事、フードバンク、悪化する居住環境を拡大し、それが健康の悪化につながった。そこに住む人々は、食習慣からくる肥満、高血圧、糖尿病、肺疾患を抱えていることが多いため、新型コロナウイルスに感染しやすかった。ウイルスは健康上無防備な人々を襲撃し死に至らしめたのである。

 

 日本は、英国のように貧しい人々が集住する大規模な住宅地はないといってよい。貧しい人と裕福な人が混住する都市構造のため、イギリスのような現象は見えにくい。そのため感染症と所得水準、健康と所得水準の関係に関心が至らない。しかし英国社会のコロナ禍が貧しい人々を直撃する構造は、日本に無縁ではあり得ない。誰が新型コロナウイルスによってもっとも傷ついたのか、という観点で実態を直視することが必要だ。そうでないと有効な対策を講ずることはできない。